2019年06月27日
2019年5月24日(金)に国際交流基金ホール[さくら]において、「アジアと考える インクルーシブ社会へのヒント」と題したセミナーを開催しました。「ろう」「LGBTQ」「ディスレクシア(読み書き困難)」といったマイノリティの人々に対して、アジアで実践されている多様な取り組みを知る機会になりました。
第1部では、平成30年度のアジア・フェローで、Deaf LGBTQ Centerの代表を務める山本 芙由美氏が「アジアのろうLGBTQ支援を考える ~フィリピンでの活動調査でみえたこと~」と題した講演を行いました。
講演は、山本氏がフィリピンでのフェロー活動で得られた、ろうLGBTQを取り巻く人々のインタビュー動画『ろうとLGBTQの交差で~フィリピン・マニラ』から始まりました。アジアで最初に設立された、ろうLGBTQ支援組織Pinoy Deaf Rainbow(以下、PDR)はフィリピンにあります。フィリピンはある点では日本よりも進んでいると言えますが、宗教や経済等を背景とした社会的困難もあります。PDRの代表、手話研究者、手話通訳者、フィリピンろうあ連盟会長など、セクシュアリティも様々な人々の貴重な生の声を聞くことができました。
動画の上映後、報告はろう者および性の多様性についての説明から始まり、当事者でもある山本氏の具体的な経験談から、ろう者やLGBTQに馴染みがない人たちも理解を深めることができました。後半では、PDRらが行っているカウンセリング体制や求人紹介・能力開発といった様々なプログラム、他団体との「横のつながり」を構築している様子が紹介され、まだまだ発展途上といえる日本のろうLGBTQ支援に大きな示唆を与えてくれる内容でした。
現在、山本さんは2019年11月の「ろう×セクシュアルマイノリティ全国大会 in 福岡」の開催に向けて準備を進めています。今後は更にアジア各国との連携を深め、最終的には「世界ろうLGBTQ会議」を実現するのが目標だと語ってくれました。
山本 芙由美 アジア・フェロー活動報告 https://grant-fellowship-db.asiawa.jpf.go.jp/ja/fellows/fs1811/
第2部は、認定NPO法人エッジから活動報告をしていただきました。エッジは、平成29年度および30年度にアジア・市民交流助成を受けて、インドネシア、シンガポール、タイ、ブルネイ、ベトナム、マレーシアといったASEAN諸国を訪れ、当事者及び支援団体とのネットワークを築いてきました。年に一度、世界各地の関係者が集まる「ディスレクシアフェスティバル」を開催しています。
まずは、あまり聞きなれない「ディスレクシア(読み書き困難)」とは一体どのような障害なのか、藤堂 栄子氏から話していただきました。会場が盛り上がったのは「ディスレクシア疑似体験」。アンケートでは「衝撃的&ショックだった」という言葉が出るほどでした。藤堂 亜美氏からは、タイとマレーシアで行われているディスレクシア教育の報告がありました。多感覚を使った指導、教員養成システム、アセスメントといった良い面がある一方、エリアによって支援に差があるという問題も指摘されました。
藤堂 栄子氏のご子息は、現在海外の大学で建築学の教鞭を執るほどですが、彼が15歳でディスレクシアと評価されたときのエピソードも印象深いものでした。それは英国の学校に在籍中のことで、先生の最初の言葉は「おめでとう!」だったそうです。それは、早期発見できたこと、空間認知等の分野において高い能力を持っていることがわかったからですが、そのような前向きな捉え方や速やかなサポート体制が、今の彼につながったと言えるでしょう。
講演の中では落語家の柳家花緑さん始め、日本やアジアの当事者からのメッセージ動画がいくつか流されました。彼らはディスレクシアという言葉すら知らず苦しんだ経験を持ちつつも、自分がそうであると認めた結果、個性を活かして現在活躍しています。講演全体を通して「支援の方法次第で、本人が持っている能力を最大限に活かすことができる」という強いメッセージが伝わってくる内容でした。
保護者の方や学校現場で働く方も多く参加されており、「もっとたくさんの支援の方法を学んでいきたい」「マレーシアやタイの事例も日本の教育に応用できる点が豊富で、興味深かった」といった言葉が寄せられました。
エッジも2020年に岡山で開催する「アジア太平洋ディスレクシアフォーラム2020」に向けて準備中。更なるネットワーク作りに期待しています。
認定NPO法人 エッジ 平成29年度事業実績 https://grant-fellowship-db.asiawa.jpf.go.jp/ja/grant/pp1704/
認定NPO法人 エッジ 平成30年度事業実績 https://grant-fellowship-db.asiawa.jpf.go.jp/ja/grant/pp1812/
最後に、文化政策が専門の太下 義之氏をモデレーターに迎えてトークセッションを行いました。太下氏は、英国のアーツカウンシルの障害者雇用のデータを示しつつ多様性と創造性の関係に言及し、藤堂栄子氏からは「ディスレクシアの人は日々困難があるので、工夫する力がある。スマートフォンは有効な支援ツールになっているが、開発者であるスティーブ・ジョブズ氏もディスレクシアだったのではないかと言われているくらいだ。」という話が出ました。
また、「アジアから何が学べるのか」という問いには、藤堂 亜美氏からは「例えばバリでは店の商品に値札がないなどあまり文字に頼らない文化がある。生き方もそれぞれで、柔軟で多様な文化から学べるところがある」、山本氏からは「留学した欧米と比較すると、アジアには協力する文化がある。コミュニティや団結の力は非常に強い。行動・交渉する力を取り入れたい」といった話が出ました。
太下氏が「近代化の結果、教育の効率化・平均化が進んだ。しかし、そのような分野はもはやAIや機械に置き換えられてしまう。平均からはみ出してしまう、より人間らしく創造的な部分が大切になってくる」と語ったように、我々の想像を超えるレベルでの社会変革が、世界規模で訪れようとしています。インクルーシブな社会を考えるということは、変化する社会の中で私たち一人一人がどう生きていくのかを考えることにつながるのかもしれません。